KKのハリウッドスター超有名人への道

起業と家族と夢

起業と家族と夢

妻はわかっていました。

もうお金が尽きること。

もうどうしようもないくらいお金がなくて、払えないこと。

僕は家族のために就職してこのWEBの仕事をやめようと思いました。

また僕が思い描いて夢も同時にあきらめたほうがいいのかもしれない。

お金はないけど、毎日残業もなくストレスもなく家族と少しのお金で少しの贅沢で安定した生活を送った方僕は幸せなのかもしれない。

そう思いました。

しかし、何かがひっかりりました。

それは僕が一番最初に感じた「僕という人間は名前を左授かり生きているということ」です。

このことに関してはなぜ有名人というページに詳しく掲載しています。

そうです。

僕たちはスピリチュアル的には生まれ変わりとか前世とか来世というものがあるかもしれませんが、一度きりの人生とう感覚で生きています。

前世の記憶なんてないし、来世はこうしたいと思ってもなれる保証はありません。

そうなんです。

僕らは今を生きているのです。

その人生を、今という命を燃やすことに全力にならなければいけません。

僕が漠然とそう思いました。

僕はやはり、自分の夢目標を捨てれませんでした。

僕は一人になってもこの目標に向かって歩みだそう、そして続けよう。

どんなに貧しくてもみすぼらしくても、一度の人生に多くの人たちに影響を与えて、多く人々と世の中を良くしていきたい。

そう思いました。

僕は妻を呼んで、飲みにいかないか?

と誘いました。

お金はありませんので、5000円だけ握りしめて安いチェーンの居酒屋にいきました。

そして僕は言いました。

僕「もうお金ないのはわかるよな」

妻「うん」

僕「色いろと考えたんやけど、俺はやっぱり自分の夢を捨てきれない。」

妻「うん」

僕「だから、、、。離婚したかったら離婚してもらっていいから。」

僕「子どもの養育費とか今は払えないけど、払えるようにするから。」

僕「こんな貧乏生活いやだったらいつでも離婚してくれていいから」

妻「分かった。明日答えだすわ。今は飲もう」

この日は、妻との最後の晩餐になるかもしれません。

子どもともお別れになるかもしれません。

好き放題食べたり飲めないですが、ちびちびとお酒を飲み、ちびちびと焼き鳥を食べました。

そして次の日。

妻は僕に通帳と印鑑を渡してきました。

僕の通帳を管理していたので、最後のお金の整理をするということか。

僕はそう思いました。

しかしそれは僕の見慣れた通帳ではなかったのです。

僕「なにこれ?」

妻「あけてみて。」

僕「100万円?なんでこんなにあるの。誰の通帳?」

妻「これで少しだけ食べていけるね!」

その通帳は妻が社会人の時にコツコツと定期預金に入れていた通帳でした。

定期を解約して、このお金を使って生活費に全て回してくれたのでした。

この妻の一言が僕の第三回目のターニングポイントになりました。

僕は痛烈にこう思いました。

なんて、俺はバカなんだ。

こんなにも協力してくれる妻がいて、子どもがいて、今目の前の人たちを幸せにできなくて、何が世のため人のためだ!

涙が出ました。

そして、綺麗ごとを言うのは金を稼いでからにしよう。

どのみち世の中を大きく良くするために、お金のない僕には誰も振り向いてくれないし誰も仲間になってくれない。

僕は決めました。

お金のために我武者羅に働くことを。

必ず、家族を幸せにする。

お金を儲けて、楽しい思い出をたくさん作る。

そして、世のため人のためになる活動をしよう。

そう決めました。

そこから、営業は苦手だったのですが、とにかくお金になることを我武者羅にしました。

スキルも上げるために毎日勉強をしました。

仕事をとってきては、一週間のうちに終わらせて納品してとにかくお金に換えていきました。

スキルはその時はまだまだないので、あるものを何回もコピーして崩しては作り直しているうちに一人でホームページを作れるようになっていました。

毎月の売上はいきなり新規制作で何十万と頂かずに、毎月訪問して、更新していきお互いにいいサイトを作りましょうというスタイルで、毎月8000円から12000円の間で設定していました。

そしてそれを10社増やせば安定収入として10万円になります。

毎回更新したり、課題がありますので、スキルも知識も上がっていきました。

そして、あれから8カ月ほど経過したとき、なんとか食べていくだけのぎりぎりの毎月の安定収入が手に入るようになりました。

まだまだ貯金や娯楽はできませんが、お金に対して恐怖を感じるほどの生活からは徐々に離れていきました。

制作のスキルも全て独学ではありますが、上がっていき最短で納品できるように工夫していきました。

妻から預かったお金も底を月欠けるときにはなんとか毎月安定した収入がもらえるまでになりました。

そこで僕は次の展開を考えました。

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